繁殖牛農家で

高台に牛舎を置いていた繁殖牛農家は、放牧していた子牛を失っただけで済んだが、牧草が放射能で汚染され、危機を迎えた。北海道の酪農家と、オーストラリアの同業者から支援の手が差し伸べられた。

黒牛と三毛猫はとても仲良し。 

陸前高田から気仙沼に向かう途中、和牛の繁殖牛農家のOさん宅に寄った。幸い在宅で、夫妻からいろいろ話を聞くことができた。
震災直後に被災地を自転車で巡り、その後しばらく陸前高田でボランティアをしていたSさんの案内である。

津波襲来時は、子牛と家猫が溺れ死んだが、高台にあった牛舎と牧草地の大部分は浸水を免れたという。
一時は粗飼料の干草が残り少なくなったが、酪農学園大学のボランティアの「先発調査隊」と出会い、その仲介で北海道厚岸郡の浜中町から干草が届けられ、危機を脱した。
オーストラリアの農業界からも支援の手が差し伸べられた。
2011年5月、苦境を知ったオーストラリアの食肉家畜生産者事業団から招かれ、福島県飯舘村の和牛繁殖農家などとともにシドニーのチャリティバーベーキューパーティーに参加した。
その後、コンテナで干草も届けられ、近くの畜産農家と分けあったという。

和牛の飼育では子牛を産ませて数ヶ月育てる繁殖農家と、その子牛を買って育てて肉牛として出荷する肥育農家の分業がある。
Oさんの牛舎には数十頭の黒毛和牛がのんびりと牧草を食んでいた。「子牛を生んだばかりで気が立っているから近づかない方が良いよ」といわれた母牛も離れた牛舎に一頭。
母牛は多分多くても年1産なので、これだけの頭数がいるということは、繁殖農家としては規模の大きい農家のようだ。「肥育はしないのですか?」と聞いたら、「メタボになったりして難しいからしていない」とのこと。なかなか胴回りの削減計画が進まない我が腹をさすって納得する。

屋根で囲っただけの飼料倉庫に高くヘイキューブ(*)が積んであるので聞くと、「干草から放射能が検出されて使えず、東京電力から補償で送られてきている」とのこと。近づくと、ZHI(ZEN-NOH HEY, INC.)の表示が。全農の米国子会社だ。

見ていると三毛の猫が牛舎に入り込み、牛とじゃれあっている。仲良しだ。「野良猫がいつの間にか住み着いた。飼料を目当てに鼠が寄ってくるので、猫がいると助かる」とのこと。

被災地にはいろいろの暮らしがあり、和牛農家もボランティアや外国からの支援を得て畜産にいそしんでいる。
最近は子牛価格も高騰しているが、消費者の和牛離れや肥育農家の減少もあり、先行きは楽ではない。
しかし、Oさん宅では子息も酪農の大学に進学し、家業を継ぐという。
今後の盛業を祈って、Oさん夫妻と優しい目をした黒牛たち、そして三毛猫に別れを告げた。

*ヘイキューブ
牧草の干草を固めて立方体とした飼料。昔は4-50cmのサイズだったが、最近は1m位の大きなものになっていた。

陸前高田市気仙町福伏 2016年3月26日

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牛舎の黒牛たち。左には包装を解かれたヘイキューブが見える。
ヘイキューブの飼料庫。東電から汚染された干草への補償として支給されたもの。
ヘイキューブは全農の米子会社のものだった。